頑丈な檻の秘密 全く、こっちが恥ずかしくなるよ。 王泥喜はくっついて歩く響也の表情に紅潮する。先程まで繋いでいた手は、人通りが多くなる前に、離した。それにも係わらず、響也はずっとニコニコしながら王泥喜を見ている。見る人が見れば、男同士でもつき合っているのがバレバレなんじゃないかと心配になるほどの、『笑顔』だ。 「どうしたの?オデコくん」 「…何でもないです。」 説明するのも億劫で、説明して笑顔が消えるのも勿体なくて、王泥喜はそっけなく答える。そう?と言葉を返し、響也は気にした風はない。 「今日の予定は?」 「特にないですよ。きっと事務所の掃除で一日が終わります。」 事実を告げると、響也はケラケラと笑った。 「だったら、今夜も逢おう。」 「俺はいいですけど、アンタは不味いでしょ?」 多忙な検事だからと問えば、首を横に振る。 「兄貴の事があるから、少し仕事をセーブしてもらってるんだ。毎日病院にも行きたいしね。」 当然の理屈に、王泥喜も口を閉じた。腕輪から伝わる緊張に少々疑問は感じるが、朝からあれだけ締め付けられれば気のせいかとも思える。 「今夜は外食しようよ。僕、事務所まで迎えに行くから待っててよ。」 「迎えなんて別に…、待ち合わせしましょう。その方がお互い楽でしょ?」 「楽…って、本気で言ってるの?」 「本気ですが、何か?」 男が職場に迎えに来たからといって、王泥喜は取り立てて嬉しくもない。行きたい場所で落ち合う方が合理的だと言う前に、響也は眉間に皺を寄せる。 「昨日は僕の為に成歩堂龍一との約束を破らせたじゃないか。アイツに貸しをつくるなんて、僕は嫌だよ。まっぴらだね。」 プウと頬を膨らませる大人には苦笑したが、王泥喜は響也の申し出を承知する。 確かに約束を反古にさせたと成歩堂に知れれば、ネチネチと絡まれるに違いなく(それが実害が無かったとしても)響也が拗ねる原因にはなる。 「じゃあ、俺は検事が来るまで事務所にいますよ。」 「僕も仕事が済み次第行くから、何処にも行っちゃ駄目だからね。」 晴れやかな笑顔の上に、念押しされて苦笑いは増す。ハイハイと溜息混じりの返事には斜め視線だ。 「わかりましたから、ほら、検事はあっちのホームでしょ?」 横に並んで改札を通っても、そこからの行き先は別。互いの職場はそんなに近い訳じゃないのでこれで一時のさようなら、だ。少々の寂しさは情がある証拠。思わず立ち止まってしまうのは突きつけられる証拠品みたいなものだ。 通勤や通学に足早で向かう人々は脇目をふらない。男同士が名残惜しそうに突っ立っていても総じて無関心で、響也はそれを良いことに、先程離した指先をもう一度繋ぐ。ギョッと眼を向き、顔を上げた王泥喜に、響也はニコリと笑った。 そのままデコチュウとか…卑怯だ、不意打ちすぎる。 「大好きだよ、法介。」 「…っ、検事!!!」 額を抑えて鞄を振り回せば、悪戯が見つかった子供はさっさと逃走してしまった。 スキップを踏むような軽やかな足どりで遠ざかる響也を見送って、また溜息。 こんなに自由奔放だから、見咎められて妙な警告文など送られたりするのだろう。けれどそれ以上に問題なのは、(響也の行動を)嫌だと思わない自分なのだから、随分と毒されたものだ。 いっそ何処かに閉じ込めてしまえれば楽だろうに…頭の片隅に浮かんだ不穏な提案は公序良俗の為に却下した。 「あれ、牙琉検事いっしょじゃないの?」 誰もいないはずの事務所の鍵を開けると、ソファーに座っていた成歩堂が王泥喜を見上げた。 「…成歩堂さん、帰ってたんですか?」 「うん、さっき着いたとこ。弟くんは?」 鞄を机に置き、上着をハンガーに掛けながら王泥喜は首を傾げる。成歩堂がこんなに響也の事を気にするのは珍しかった。普段は、自分をからかう為に道具みたいに見ている節さえある。 それに迷いなく聞いてくるという事は、自分と響也が朝まで共に過ごしていたのを知っているという事だ。今、帰って来たばかりの成歩堂が言うには何処か辻間時が合わない。 「駅で別れましたよ。検事局へ向かってるんじゃないですか?」 何気なしに腕輪に意識を向けて成歩堂を見れば、恐ろしいほどの勢いで腕輪が締まった。 「…検事局に電話したら、今日は休暇願が出てるといわれたよ。」 冷静な声はしていても、成歩堂が相当に緊張(動揺か?)しているのがわかり、王泥喜は思わず喉を鳴らした。 「成歩堂さん?」 帽子から覗く瞳が、不機嫌そうに歪められているのが見えた。顎に指先を絡めて歯噛みした唇も歪む。酷い胸騒ぎがして、王泥喜の眉間も深い皺を刻む。からかわれているかもしれないと言う危惧が少し湧かなかった。 「…昨日は無理をさせたんで、体調を崩したのかもしれませんよ?」 「彼はそんないい加減な男なのかい?」 「いいえ、違います。」 そんな言葉が成歩堂から出ると思わず、王泥喜は息を飲む。これは、本当に何か不味い事態が生じているのだ。 「携帯に電話…「それなら僕もした、電源が切られてる。彼が予定をキャンセルしてでも動くのは、牙琉の事か、君の事位しか思い浮かばない。てっきり、君と一緒にいるんだと思っていたんだけど…。」 失敗した。 声にならない言葉が唇を象る。 「彼が何処か行くとか言っていなかったかい?」 「いいえ、今夜は外食したいから事務所で待っててくれとは言われ…。」 そこまで告げ、王泥喜はハッと顔を強ばらせる。 朝の奇妙な緊張。まさか…と、記憶を甦らせる。あの脅迫文を自分はどうした? 雰囲気の変わった王泥喜に、成歩堂の表情も変わる。 「心当たりがあるんだね?」 「…今朝、新聞受けに脅迫文が入っていたんですよ。『アナタは牙琉響也に相応しくない。』って書き出しから始まって、話がしたいから何処かへ来るようにって書いてありました。俺…ズボンのポケットに入れっぱなしで…。」 見られて、其処へ向かったのかもしれない。 「だから、事務所にいてくれか。随分大切にされてるみたいだね。」 「…先生があんな状態だから余計だと思います。あの…馬鹿…。」 響也の予定も知っている位だから、牙琉霧人の様子も知っているだろうと告げた王泥喜の言葉をまま受け取り、切れ切れの事象をつなげて、成歩堂も事態を把握したようだったが、王泥喜の腕を締め付けている緊張は納まらない。 「書かれた住所は思い出せる?」 「…一読しただけなので、…「じゃあ、それを確認しに戻ろう。君のアパートにあるんだろ?」」 「でも、検事が持っていってしまっているかも」 それを想定し文面を思い出そうとしても、まるで駄目だ。 「手掛かりはないんだろ? 大丈夫、まま置いてなければ、自分が気付いた事を君に知られてしまう。彼はそんな間抜けな事はしないはずだ。」 成歩堂に急かされ、自分自身の焦りにも後押しされて、王泥喜は事務所を飛び出した。ペタペタと奇妙な足音共に成歩堂が続く。 「…アイツらしい、書き出しだ。」 早いよ、待ってくれと呼ぶ声の合間に、呟かれた成歩堂の科白に王泥喜は大きく眉を寄せた。 〜To Be Continued
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